初めてのお産の立ち会い

長い座学の4年間を経て、いよいよ1発目の実習が始まった。

僕の場合、最初の1ヶ月は産婦人科の実習を回る。

 

そんな実習始めの月の3週目の朝、予定していた帝王切開見学のため手術室に入って待機していたら、内線で突然連絡が入って、着替え直してすぐ来るようにという指示を貰った。

 

分娩室に到着するとそこは思っていたより暗い部屋であり、馬が駆け抜けているような音で、軽快なリズムで、胎児心拍の鼓動が部屋中響き渡っていた。なんだか神秘的だった。分娩室の奥に、同期の実習生を見つけて、妊婦さんに配慮して、こっそり移動して合流した。

 

基本的に正常分娩の場合は、助産師さんが担当し、産婦人科の主治医は折を見て見回りに来る。正常分娩は助産師さんがメインで采配を振るい、帝王切開等の対応が必要な分娩は産婦人科医が担っている。そんな住み分けができているのだ。

僕は助産師さんの仕事ぶりに感動した。妊婦さんに適切なタイミングで声をかけたり、身の回りのケアをしたりしながら、母体と児のバイタルサインをチェックしながら、分娩が正常に進行しているかどうかの判断をしなければならない。正常分娩に関して、いわゆる看護師的な側面と医師的な側面が両方求められる。

だから、それを難なくこなしている助産師さんが純粋にすごいと思った。

 

分娩室に到着したとき既に8cm子宮口が開大しており、あと2cmで全開大出会った。全開大した後、児が骨盤から降りて来る。ただ、この2cmが開ききるのが長かった。1時間くらい妊婦さんが陣痛に堪え続け、ようやく全開大が完了して、娩出準備のGoサインが助産師さんから出た。立会いの始めからこの時点までで、僕は途方もない時間の長さを感じており、すべての妊婦さんに尊敬の念を覚えた。そしてそもそも、この全開大・娩出準備まで陣痛開始から12時間経過しているというではないか。遷延分娩の定義は初産婦で30時間以上とあるが、陣痛を感じ続けながらそれほどの時間を過ごすのはどれほど大変なことなのか正直想像もできない。

                                                                                       

立会い開始から1時間と少し経過して、分娩の最終段階に突入した。分娩が始まると、一定間隔で子宮が収縮するのだが、これを助産師さんがモニターしており、タイミングに合わせて妊婦さんに気張るように指示する。

「私の合図に合わせて、お腹に力を入れて〜!硬いウンチを出す感覚で力を込めよう!」と助産師さんが言う。

なるほど、出産の時の力の入れ方は排便と似ているのかと感心した。

 

そのまま掛け声をかける時間が1時間経過した。だがなかなか、児は出てきてくれない。そして、妊婦さんは陣痛との長い格闘の末、徐々に力尽きてきている。

さらに追い討ちをかけて、血圧が上昇してきた。収縮期血圧が、180を超えた。

一般に正常の収縮期血圧が120代くらいまでと言われる中、妊娠中・分娩中とはいえ高すぎる。脳・心臓・腎臓・大血管などに障害が起こる危険性がある。

降圧剤を何度も投与したが、依然として血圧は下がらない。

急ぎ娩出を完了して、高血圧状態から抜けなければ危険だ。

 

そこで、産婦人科医の先生の提案で、吸引分娩を行うことになった。

吸盤を児の頭にくっつけて、引っ張るのである。

吸盤装着完了し、力を入れるもなかなか児は出てこない。力を入れすぎると神経損傷のリスクがある。

そこで、助産師さん・産婦人科医総出で子宮を押して、吸盤を慎重に引っ張る。妊婦さん、なんとか堪える。収縮期血圧230突破。バイタルサイン点滅。頼むから無事出産が終わりますように。祈るばかり。

遂に頭が見えた!

 

だが、初産ということもあり、会陰部を通過できない。このままでは裂傷が生じてしまう。そこで産婦人科医の先生が、7時の方向にハサミを入れて会陰部を緊急切開。バチンと切ってしまうも、妊婦さんはそれどころではない様子。出産とは本当にどれほどの痛みなのか。。

妊婦さんの叫びとともに、ずるりと胎児が出てきた。

始め10秒くらい泣くことはなかったので、固唾を飲んだが、無事大きな声で泣いてくれた。胸を撫で下ろした。胎児の状態を示すapgerスコアは満点だ。

本当に心の底から安心した。

 

看護師の方々に預けられ、羊水と血液や体液を拭いてもらって、母と対面した。

母は長時間にわたる痛みとの格闘の末、力尽きて放心していたが、瞳には確かな輝きと潤いが宿っていた。こんにちは坊や。

 

腹を痛めて産んだ子、と言われるが、

母と子を繋ぐ愛情が形成される瞬間は現実に存在するのだ。

 

そんな素晴らしき場面に立ち会わせてくれた、妊婦さんや先生方に感謝だ。